MENU

私にとって『普通』とは「安心領域」だったのかもしれない。

私にとって『普通』とは
「安心領域」だったのかもしれない。


この数ヶ月ずーっと、
「内なる季節の終わり」を感じてきた。

『発達特性という側面から
子どものことを見つめる季節』が終わる!
自分に戻れ!戻れ!自分に集中しろ!

__そう分かっていたけれど、

勢いがつき過ぎていたのか…
なかなか止まることができなかった。

そして、とうとう…

正面衝突するように、バーンアウト!!!
燃え尽き症候群みたくなってしまった。笑

久しぶりに、まるで屍のように落ち込み
どっぷりとメンタルダウンした。


𓃓


もういよいよ止まらないとダメだ!と、
気づいた時から現在までのこの4週間。
 
たまたま、思春期保健相談士であり、
絵本講師でもある、萌ちゃん

「暮らしの中の性教育講座」を受けていた。

全3回の講座だったのだけど、
気づけばこの激動の期間を萌ちゃんに
伴走してもらっていたなぁ…と思う。


・問題ではなく根っこ部分を見る
・思い込みを手放す
・仮説を立て一旦やってみる


これは私が自身のノートワークを通して
何度もやってきたことなのだけど、

「子どものこと」になると…
これが、まぁ〜〜〜できない!笑笑笑

全然!まったく!できないでいたなぁ…と
今振り返ると思う。

そして、萌ちゃんの講座を通して、
それができそう…に、なってきたなと思う。


𓃔


その鍵はやっぱり、

『普通』に対する執着心が薄れてきたこと
なんじゃないかなぁ〜と思う。

これまでもずっと、
この執着心とは向き合ってきたけれど、
なかなか…お役目終了にはならなかった。

けれど、この期間にあった
色んな体験を通して、
少しずつ薄らいできている気がする。


__きっと、


私にとって『普通』とはつまり、
『安心できる領域』だったのだと思う。

そんな『普通』から外れることは、
何かとんでもない恐ろしいことが起こる。

…そう信じていた。

何が起こるのかはわからない。笑
だってそれが起きないようにしてきたから。

普通という安心な領域にいられるように
いつも周りを見渡しやってきた!
だから、怖い目に遭わずに済んでいるんだ!

なんだか変な成功体験みたいな…笑
ものを、私は積んできたように思う。



そんな私に萌ちゃんは示すのだ。

私が見ている方向とは、
まったく違う場所を指差して、

「かなちゃん、ここにも
安心できる領域があるかもよ!」って。

そうして指された場所に目を向けるたびに、
私の視界は拡がりを取り戻して行った気がする。
⁡萌ちゃん、どうもありがとう。



Special thanks @moezawa_l.l.l
#私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟨𝟢𝟪𝟢𝟫

ここまで読んでくださり、
ありがとうございます。

iro and の活動を、これからも大切に続けていきたいと思っています。もし「応援したいな」と感じていただけたら、OFUSEからお気持ちを届けていただけると、とても嬉しいです。

☕️📖 OFUSEで応援する


ことごと紡ぐ、