それは、
今、自分が何に反応を示しているのか。それに気づくこと。その反応(感覚)を頼りに、自分とお喋りしているとぽろっと見つかる。それはまるでほのかに香る蕾のよう。
もう一つは、少し後ろを振り返って、これまで打って来た点をぼんやりと眺めると、点と点が繋がって望みがふわっと浮かび上がる。それはまるで夜空に浮かぶ星座のよう。
私の望みの見つけ方は、これだ。
気づくと言ってもいいかもしれない。
こうして見つかるわたしの望みは、世間で言われるような具体性もなければ、立派なものでもないかもしれない。けれど、そんな望みがわたしの望みなのだ。
望みは蕾であり、星の羅針盤であるから、必ず花は開き、向かうべき方向へと進む。
もしも、その蕾に気づかなくても、知らぬ間に花は開き望みは叶っているし、もしも、その星座に気づかなくても、知らぬ間に向かうべき方向へと進んでいる。
私にとって望みは、
叶えようと追うものでもなければ、気づかなくてすらいいものであり。追わなくても、気づかなくても、自然発生しては勝手に叶っていくもの。
その内、望みを見つけることすら、
必要としない日が来るかもしれない。
けれど今はまだ、
その可愛らしい蕾に気づき、花が開いたことを喜びたいから。向かう方向を示す光にわくわくとしていたいから。
もうしばらくは、蕾を愛で、点を繋いで星座をたのしもうと思う。
#自己観察日記


/ 𝟤𝟢𝟤𝟧𝟣𝟣𝟢𝟤
ことごと紡ぐ、

