今年に入って、改めて自分の人生を振り返る機会があった。幼少期から学生時代、成人して就職してから三十を過ぎ、結婚して出産して、現在に至るまで。4時間近くかけて質問して貰いながら、ペラペラとお喋りながら思い出していった。
そうしてこの39年間を振り返ってみると、自分が思っていた以上に波乱万丈な人生だったことに気がついた。
ほんとうに、「気がついた」という感じで、あれ?なんか私の人生って色々起きすぎじゃね?という感じ。自分ではまぁ色々あったけど、そんな言うほどじゃぁない、という感覚だった。
𓃥
じゃあ実際に自分の人生が大変だったかと言うと、気づいていないだけあって、あんまりそんな風には感じていない。色々あったものの割といつでも楽しんでいて、人に恵まれ助けられて生きてきた印象だった。
ただ、、、「何か大変なことが起きるのではないか」と、いつもどこか怯えている感じは、ずーっとずーっとあった。なんなら今もある。
むしろ、その自分自身の怯えや妄想の方がしんどい。そっちの方が恐ろしいし、四六時中おぞましい妄想が付きまとうのでキツい。身体も緊張しているのがデフォルトで頭もグルグルと重たくなる。
そんなわけで結局は現実の方が随分と優しいし、何か起きても結局どうにかなっていたり助けられている。最終的には必要な時に必要なことが起きたのだろう…と納得しているという感じだ。
𓃦
鑑定などで、「あなたは波乱万丈な人生になりやすい。」と言われることがあって、その度に自分のそんな宿命とやらにうんざりしていた。私は穏やかな日々が好きなのだ。何も起きない平凡な日々が大好きなのだ。そんなドラマチックさは私には要らないのだ。
それなのに勝手に私を巻き込んで、色んなことが起きてくる。そして、ここぞとばかりに妄想は膨れ上がり四六時中、私を飲み込んで足を引っ張り、引きずり込んでいく。
けれど、実際には、波乱万丈であった自覚がなかったように、現実自体には大して振り回されていないように思う。振り回されてきたのは、自分自身の、その、おぞましい妄想なのかもしれない。と、そんな風に思えてきた。
「大変なことが何も起きないようにするには、」そんな考えがこの数年、特に強くあった。波乱万丈な人生から逃れよう、自分の人生から波乱万丈味を排除したい。そんな思いが無意識にあったように思う。私はそんな自分の宿命と戦おうとしていたのかもしれない。
けれど戦う相手は、現実ではなく自分自身の妄想だったのかもしれない。笑
戦う相手などそもそもいなかった。例え、他者から見て、もしくは自分で振り返って見て、波乱万丈のように見えても、その現実の最中に私自身がそう感じていなければ、(大変で苦しくてドラマチックな)波乱万丈にはならないのかもしれない。
𓃥
なんだか、ややこしくなってきたが、笑
私の宿命は波乱万丈なものかもしれないし、側から見たら、波乱万丈な人生のように見えるかもしれないけれど、自分ではそんな風にあんまり感じておらず、割といつでもそれなりに楽しんで生きていた。
ただ、「何か大変なことが起きるかもしれない」といった怯えや、そこから派生する妄想は、非常に怖く、キツく、私の心を振り回している。ただそれだけのことだったのかもしれない…ということだ。
まさしくこれが、壮大な自作自演の茶番劇、というわけか。うむ…なっとくだ。笑
#自己観察日記 / 𝟤𝟢𝟤𝟦𝟣𝟢𝟢𝟪

ことごと紡ぐ、

