MENU
アーカイブ

本当は、頼りたかった。

昨夜、仕事から帰って来た夫に、娘のことを色々と話して、なにやら必死にアピールしている自分がいた。
⁡
そんな私に夫も若干うんざりした様子で、まともに相手をしなかった。(と、私は勝手に解釈をした。)(実際には、ご飯を食べ終えた夫がお風呂に入った。が、事実である。笑)そんな夫の様子を見て、私はとても悲しくなった。
⁡
そんな一連の自分に気づいたので朝、ノートに書き出してみると、私が必死にアピールしていたのは、「一緒に考えてほしい!」 だった。
⁡
私ばっかり考えてる気がする。
私ばっかり悩んでいる気がする。
一人で責任を負ってる気がする。
⁡
それがしんどい!心細い!
だから一緒にやって欲しい!だった。
⁡
⁡
𓃟
⁡
この望みを素直に認められずにこねくり回して、だって私って愛着障害だしアダルトチルドレンだし、絶対絶対私には無理なんだから!みたいにして、だって〇〇だし。〇〇だし。みたいな不必要な自分へのレッテルや、もっともらしい理由をわざわざ作って持ち出そうとしたり、
⁡
一緒に考えてくれない、まともに対応してくれないってことは大事にされてないからだ。家族(=私)のことなんてどうでもいいんだ。どうせ…どうせ…そうだよね…って拗ねようとしたり。
⁡
そんな慣れ親しんだお決まりのパターンをやろうとしていた自分を発見した。笑(面倒くさすぎて逆にかわいいね♡笑)
⁡
じゃあ、昨夜の私はあーだこーだ色々と言いながら、本当の本当は何を一緒に考えて欲しかったのかと書き出してみると、
⁡
「毎朝学校に行くことを娘に促す方がいいのか、促さなくてもいいのか分からなくて、毎朝ストレスに感じている。」ということだった。
⁡
⁡
𓃟
⁡
⁡
私は、学校に行きたくないなら別に行かなくてもいいかな?と思っている所がある。けれど、それって甘えさせてる?逃げ癖がつく?完全に社会に戻れなくなる?…などの心配も無いわけではなく。
⁡
私は行かなくてもいいかなと思っているけど、それで将来、娘が社会で困った時にどう責任を取っていいか分からなくて怖い。夫はよく、「無理に先回りして回避しようとせず、やってみて、困った時に考えればいい。」と言ってくれるけど、
⁡
今回もそうなのか、今回は娘の人生に関わるような大きなトピックだから例外なのか、分からなくて困る。という思考があった。(びっくり)
⁡
書き出してびっくり。
それ、そのまま聞いたらよかったがなぁ〜!笑
⁡
⁡
𓃟
⁡
⁡
一緒に考えてほしい。と思いながら私は、一人で考えようとしていたわけだ。「私はこう思うんだけど、どう思う?」「この場合も困ってから考えたらいいって思ってる?それとも例外?」 ってシンプルに聞けばいい。
⁡
自分の中だけで、相手の考えを勝手に予想したり勘ぐったりする。これは私のあるあるな思考の癖。認知の歪みだ。(因みに、心の読み過ぎ、結論の飛躍、といった癖に当たる。)
⁡
勘ぐらずに素直に聞いてみる。相談してみる。頼ってみる。…そう。そうだな。これは、私が大の苦手とする〝頼る〟というテーマだなと思う。
⁡
(実際には自分でもその核心に気づいていないのだけど…)、回りくどい表現で察して貰おうとするのではなく、シンプルに聞く。相談する。そして同じように、相手の気持ちや考えも勝手に勘繰って決めつけるのぇはなく、シンプルに聞く。確認する。これが、今回学ぶ〝頼る〟の内の一つなんだな。なんて尊い学びなんだ!…そんな発見があった。
⁡
本当は頼りたい。一緒に考えて、決めてほしいのに、一人でやろうとしていた。だから、苦しかった。望みはもう明確なのだから、後はシンプルに聞いて、相談して、確認して、一緒に考えて、決めてもらえばいい。そうして頼っていけばいい◎
⁡
そう気が付いたので、近々夫にこれらのことを素直に伝えてみようと思う。
⁡
⁡
⁡
⁡
⁡

𝗍𝖺𝗀 #私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟦𝟢𝟫𝟤𝟨
#わが家のホームエデュケーション


ことごと紡ぐ、