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娘も私も、それぞれの一日を。

今日も娘は学校をお休み。
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仕事の日に子ども達がいると、どうしても私の気がそちらに向いてしまい、うまく集中できないから凄く嫌だなぁ…
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と、今までは感じていたけれど、昨日ノートに書いて出てきたように、「 子ども達が学校に行こうが休もうが関係なく自分のペースでいられる自分でいたい。」という望みを自覚したので、
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娘に私の仕事のことや希望を説明して、お昼ごはんとオヤツのおせんべいを用意し、Netflixの解除をして…自分なりに準備をしてから挑んだ結果、とっても集中してやることができました。(うれしい。)
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「 お腹空いたら、これ食べててよー!」と、おせんべいと共に置いておいたお昼ごはん。
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仕事が終わると卵焼きだけが残っていて、私の顔を見るなりバクバクと食べ出したのでどうしたのかな?と思ったら、『お仕事を待てた自分へのご優美』に、残しておいたらしい。
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私の仕事が終わったら食べようと思って、大好きな卵焼きを残していたのだと聞いて、その健気さに泣けてきた。
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それを聞いた私は咄嗟に、〝 娘のことをまったく気にせず夢中になって楽しんでいる母親と健気に我慢している子ども 〟という構図を作り出して、「かわいそう… 」って罪悪感を感じようとした。それはもう反射的に起こった思考だった。
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(恐らくこれは私自身の幼少期と関連している部分なので、改めてそこは別で見ていくことにします。)
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けれど、「 それって加害者意識じゃん!」と気づいて、私の望みは、被害者にも加害者にもなることなく、気楽にそれぞれの生活を共にできるようになりたいわけだから、
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今は、娘も私もがんばった。そこを褒め、そこを見つめ、そこを受け取って、感謝したいな。労いたいなと思い直し、軌道修正をしました。
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その後、娘と話していたら、こうして待てたことが娘にとっても自信になったようで、少し嬉しく感じていたようでした。
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これがこの先にどう繋がるかは分からないけれど、「 お茶会の日には学校に行って欲しい。お茶会だから今日は学校に行ってー!」そんな風に思わなくても済むようになる。
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そんな風に娘の存在を邪魔者扱いしなくて済むようになる。お茶会の日でも、休みたい。という娘の気持ちを快く受け入れることができる。そんな自分に少し近づいた気がして、とてもとても、とっても嬉しいです。
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𝗍𝖺𝗀 #私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟦𝟢𝟫𝟤𝟧
#わが家のホームエデュケーション


ことごと紡ぐ、