最近、「もっと大切にされたい。」
「もっと大切にしたい。」と思うことがあった。
今年に入ってから、何かと毎日のように予定が入っており、ずっと、忙しい日々を過ごしていて、とうとう自分から「もっと大切にされたい!」という想いがぐわっと込み上げてきた。
子ども達のことが大切すぎるあまり、心配になって、過敏になってしまって、結果…ぜんぜん大切にできていないことに気づくことがあった。
この2つの出来事を眺めていた時に、私は「大切にする」ということが、まったくわかっていないのだなぁ…そして、それを知ってみたいタイミングなんだなぁ…と感じて、「大切にするとは?」を問うことにした。
𓃦
「大切にする」という言葉はよく使われるけど、どうされたら「大切にされた」と感じるのか、どうしたら「大切にした」と感じるのかは、人によって違うのではないかと思う。
では、私にとっての「大切にする」とは、一体どういうものなんだろう?言葉を調べてみると、
① 値打ちが大きいさま
② 丁寧に扱うさま、粗末にしないさま、
とあった。
では、「粗末に扱う」とは?
ぞんざいな扱い、軽視する態度
「ぞんざいな扱い」とは?
粗末で投げやりな様子、乱雑で無作法な様子
それを見て私は、「関心を持つこと」と浮かんだ。関心を持って、知りたい。そうしたら、その人が〝どう大切にされたい〟のかが少しずつ見えてくる気がするから。
観察対象として見ていたい。そういう距離感で、なんでも肯定的に「ほぉ〜こんな時にそんな風に感じるだね。」と、興味深く感じていたい。
私にとって、〝大切にする〟って、そういうことなのかもしれない。確かに、私が「大切にされたい。」と、思う時って、「気にかけてもらいたい。」がよく出てくる。
基本的に自由にさせていてほしいし、ひとまず何でも自分でやってみたいから、何かして欲しい!ということは特になく、とにかく、放っておいてほしい。けど、だからといって無関心は嫌なのだ。笑
「何もしていらないし放っておいて欲しいけど、気にかけていて欲しい。」なんともワガママに見えるけれど、これが私の本音なのだ。笑
𓃥
では私にとって〝大切じゃない〟とは?
・「こうすればいいんでしょ。」と、適当に投げやりな態度を取られること。
・頭ごなしに否定されること。
・ 「あなたってこうだもんね。」と、決めつけて言われること。
・「あーもうはいはい。」みたいに、どうでもいいように扱われること。
・そっけない態度を取られること。
・無関心で、いないように扱われること。
そういう思いが浮かんできた。そうだな。私は、ちゃんと見てほしい。ちゃんと向き合ってほしいのだ。
一人の人として、尊重してほしい。し、
一人の人として、尊重したい。
私にとって、〝大切にする〟とは、そういう世界観を含んでいるのだ。
でも実際には、子ども達にこのような〝大切じゃない〟態度をとっていたようにも思う。どう大切にしていいのかわからなかったり、とにかく心配が優ってしまい〝子どものこと〟になると、私の心身が疲弊していたり、
ああもう!なんかわからんけど怖い!
なんかわからんけど、めっちゃ難しい!
みたいになって、自分がどう大切にしたいのか?を直視することができず、投げやりになっていたように思う。
でも、
私は子ども達を大切にしたいのだ。大切にできる自分になりたい。それが私の望みであり、そうすることが、私を大切にすることでもあるから。
𓃢
なんだか、わかったような…わからないような感じになったけれど、私にとって「大切にする。」とは一朝一夕でできることではなく、関心を向け続けてつくっていくもの、なのかもしれない。
「これが大切にするってことでしょ。」って
わかった顔をして、
決めつけたくもないのかもしれない。
人はどんどん変わっていくし、
変わらないものもある。難しいことだけれど、
なにが君の幸せ?なにをして喜ぶ?
わからないまま終わる、そんなのはいやだ!
アンパンマンマーチのように、そんなことを問い続けて、知り続けていきたいのかもしれない。そう思うと私は、大切にしたいものを大切にしたくて、自分を含む、あらゆることに関心を向け続け知り続けようとしているのかもしれない。
私にとって、「大切にする」とは、
関心を向け知り続けること。
今は、そう、定義しておくことにしよう。
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