リンドウの花の水分が、どんどんと抜けてきていたのでお花の曼荼羅を作りました。
今日は子どもたちも、やりたい!と興味を示してくれたので一緒に作っていたけれど、ティラノサウルスの形の曼荼羅や、ハートの形の曼荼羅を作っていました。
途中でまた喧嘩が始まって、崩されるお花や喧嘩する声に私はうんざりとした気持ちになってしまったんだけど、少し時間が経って思い返すと「うんざりするようなこんな日々も愛おしいものじゃないか。」って気持ちになってきた。
喧嘩することは悪いこと。
失敗することは悪いこと。
子どもの頃からそんな風に信じて、喧嘩や失敗が起きないように先回りして防いで生きてきたから、喧嘩も失敗も上手にできない、怖くてたまらない…そんな大人になった。
それに気づいてから、自分に失敗をたくさんさせてあげるようにしてきたんだけど、子どもには失敗はさせられないと思っていたし、〝喧嘩〟にいたっては、まだまだ悪いことだと思ってた。
私は一人っ子だったので、家族の中に思いっきり喧嘩できる相手もいなかったけど、子どもたちには安心して喧嘩ができる相手(兄妹)がいるんだ。それってきっと素晴らしいこと。
たくさん喧嘩してたくさん仲直りして色んなことを感じたらいいんだ。喧嘩を悪者にするはもうやめよう。揉め事を悪者にするのはもうやめよう。そんなことを感じている、今。またひとつ世界が広くなった気がします。
たくさんのことを教えてくれる
子どもたち。いつも、ありがとう。
#紡ぐ日々、 / 𝟤𝟢𝟤𝟤𝟢𝟪𝟤𝟫

ことごと紡ぐ、
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