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娘のことも、私のことも、信じられるようになりたい。

小学校1年生の娘が
学校に行きたくないと言う。
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1学期は泣き喚きながら毎日一緒に通学したり度々休んだりと、なかなか大変だった。2学期は少〜しマシになったものの相変わらずで、週明けは毎週お休みしている。
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そんな娘が「もう一生学校に行きたくない!」と言い出して今日、学校を休んだ。私の心はうぅぅむ…とモヤモヤした。
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このモヤモヤはなんだろうとノートに書き出してみると、まず一つ、娘が休むか休まないかで自分のペースが変わってくる。ペースを乱されてしまうことへの不満があった。予定があると尚更、ものすごくストレスを感じる。
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それからもう一つ、「このまま学校に行かなくなったら、どうしていいか分からない。」という不安があった。この不安には2つあって、娘に対する不安と自分に対する不安だった。
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「 娘は大丈夫なのだろうか?」という不安と、学校に行かなくなった時、私は娘に対して適切なことをしてやれるのだろうか?後で後悔するようなことにはならないだろうか?という、「 私は大丈夫なのだろうか?」という不安だった。
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ここまで書き出して、〝学校に行くか行かないか〟は関係ないな…と気がついた。
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自分のペースを子ども達に委ねることなく、学校に行ってても行かなくても自分のペースで過ごしていたい。
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学校に行っても行かなくても、「この子は大丈夫。」と感じていたい。安心していたい。
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何か必要がある時には、然るべき行動をちゃんと取ることができる自分である。と、自分のことを信頼していたい。
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自分を犠牲にすることも娘を犠牲にすることもなく、いい塩梅でちゃあんとうまくいく。それを信じられるようになりたい。結局の所、私の望みはこれなのだ。
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現状の私はいわゆる、「課題の分離」ができていない状態なのだろうなと思う。私は、これがとっても下手くそだと思う。(伸び代たっぷり)ある意味過干渉であり、同時に放任なのではないか。正直ここのバランスや距離感にとても自信がない。分からない。
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けれど、それにトライしたいという望みが今こうして浮上してきている。自分の課題と娘の課題。娘の課題は娘がちゃあんと取り組むことができる。そして、私の課題は私がちゃあんと取り組むことができる。互いに、その力がある。
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そうして、互いが互いの課題に取り組むことで、ちゃあんとうまいこと、いいようになる。これを信じたい。これを信じられる自分になりたいのだ。
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そんな望みが見えてきた今日、また一つ自分の中に指針となるものが見つかって、なんだかホッとした。
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𝗍𝖺𝗀 #私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟦𝟢𝟫𝟤𝟦
#わが家のホームエデュケーション


ことごと紡ぐ、