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この花の種は誰から貰ったものだっただろう

「誰々さんのYouTubeで見て、」
「誰々さんの本で読んで、」
「誰々さんがこの前言っていて、」
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なつきさん @natsuki315 と話しているとよく、色んな方の名前が出てくることに気がついた。(しかもフルネームなことが多い。)そしてその後に続けて、なつきさん自身がその方々から得たものを実際に日々の中に取り入れ、やってみて、感じたことを話してくれる。
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私はそれがとっても嬉くて、そして、なつきさんのこういう所が大好きだなぁと思った。
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それに気づいた時、私がなぜ引用元の記載やメンションをしたがるのかがはっきりと分かった。それは、作り手へのリスペクトだ。
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マナーや礼儀の気持ちからなのだと思っていたけれど、それ以上に自身の体験から得た知恵や、言葉を分かち合ってくれる人たちへのリスペクトなんだなぁ。そのリスペクトがあるから、私はできるだけ誰から得た知恵なのか、誰の言葉なのか、もセットで話したい、紹介したくなるんだなぁ…とようやくわかった。
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何かを作る時、表現する時、語る時、、
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私たちは様々なところから影響を受けているから、完全なるオリジナルというのはこの世にはないかもしれない。
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誰かから誰かへ、またその次の誰かへと、各々の色を混ぜながら共同作業をするように通ってきた何かがまた私を経て、出ていく。
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その流れに、そうして繋がれてきたことに、繋いでくれた人たちの存在に気づいていたいし忘れたくない。この花の種は誰から貰ったものだったのか、誰が水をやってくれていたか、そういうことを覚えていたい。これは、ただの私の願いなのだろうなぁと思う。
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でも、そういうことを大事にしたがる自分でいたいので、これからも大事にしていきたい。
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