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子ども達と関わることが、ずっと難しかったのだと気づいたあの日。

「お母さん、こんなことを言うのは、
どうかなぁとは、思うのですが…」


昨年の秋ごろ、不登校支援教室でお世話になっている心理士の先生が、そう前置きをして話してくれた。

「お母さんは、自分のせいでお子さん達がこんな風になったんじゃないか…と、気にしておられましたが、

もちろん幼少期のお母さんとの関わりはとても大切ですが、それだけでなく、元々持って生まれたものも大きいように思います。

逆に、お子さん達が元々持っているものが、お母さんを追い詰めてしまうきっかけになってしまった可能性も…あるんじゃないかなぁと思うんです。」



私はそれを聞いて、そんなに自分を責めるような話し方をしていたのかなぁ…と驚いた。

何より、子ども達が元々持っているものが、私の心身を悪化させていた可能性がある。…という、今まで考えたことのなかった発想に、心底驚いた。

そして、自分でもびっくりするくらい、肩の力が抜けたと言うか…ホッとしたような、不思議な感覚になった。

ずっと、自分のせいだとしか考えたことがなかった。それはきっと、長い間アダルトチルドレンや幼少期の親との関わり方_という因果関係の視点で、自分と向き合うことを続けてきたからだろう。

10年以上かけて、親を一度しっかりと恨み、許し、そもそもそんなものはなかった。という地点に至ったけれど、

次は自分が親になり恨まれる側に回る番。その罪を償う番だと信じていたのだ。



そんな所にかけられた先生の言葉に、思いがけずホッとしてしまった。

そこでホッとしたのは、きっと、子ども達と関わることがずっと難しいと感じていたからだと思う。

でも、それは自分のせいでそうなったのだと思っていたし、自分が至らないから難しいのだとも思っていた。

でもそれが、子ども達が元々持っていたものだったとしたら…

そんなこと、考えたこともなかったけれど、これまで相談してきた方々が、「お母さん大変だったでしょう。」「よくやってきたね。」と言ってくれていたのは、社交辞令じゃなくて、そういうことだったのか…???

何より、元々のものだったとしたら…もしかすると私は、どうにかしなければならないものとして子ども達を見続けていたのかもしれない。




_そんな言葉をもらい、そんな風に衝撃を受けてから半年以上が経った。

あの日の面談を機に、私は子ども達の発達特性を知ろうという気持ちが強くなった。

強くなったと言っても、システム上なかなか進まず、4月に入ってやっと具体的に進み出した。

実に8ヶ月もの間、表面上は停滞していた。

その間、発達特性というラベリングへの不安や、何かのきっかけになるんじゃないかという期待、様々な行ったり来たりを繰り返しながら、少しずつ決心がついたように思う。

今もまだ、よくわからないことだらけなので不安もあるけれど、子ども達のことを知り、理解する何かの手がかりに…既になっているので、引き続き、取り組んでみようと思う。




#私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟨𝟢𝟨𝟢𝟥

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