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「不快しか見えない世界」から、「快が育つ世界」へ移行した記録

2023年頃までは主に、
不快感覚を頼りに世界を見ていた。

でもある時、私のそんな在り方はつまり、「問題を必要としている」ということに気がついて、「問題を必要としない自分になりたい。」そう思った。

そこからflowに流される中で、同じ時期にお2人の方にお世話になった。れいこさん(@reiko_souple)と、なぎささん(@nagisa_uc)だ。

それぞれ別の長期セッションだったけど、不思議と繋がっていて、お2人にお世話になったからこそ、それぞれの話が立体的に見えた。

まったく新しい領域を扱うタイミングで、分からないことしかなかったから、それがとってもよかった。



今振り返ると、それまで〝不快感覚〟ばかり使っていたので、そちらの回路が育ち過ぎ、若干過敏なほどになっていた。

「不快感覚の始まりは、きっと〝違和感〟だ。」と、とにかく芽を摘むように、些細な違和感を敏感にキャッチしていた。

そんな私があの時期、〝快感覚〟というものを初めてはっきり認識したのだ。

と言っても、当時認識したのは、「確かに自分は不快感覚しか分からない。」ということ。笑

〝快感覚〟に意識を向けてくださいと言われても、顔に当たる髪の毛が痒いだとか、聞こえるバイクの音が怖いだとか…とにかく不快感しか見つけられなかったのだ。

いやぁ…衝撃だった。笑



あれから4年ほど経った今、快感覚の回路がすごく育ってきているなぁと感じる。

違和感や不快感覚に対する過敏さも、とても和らいだ気がして、怖いと感じることが圧倒的に減った。

身体も動くようになり、緩む感覚も少しわかるようになってきている。(サラッと書いているけれどここは本当に凄いことだと思っている。)

しばらく…すっかり忘れていたけれど(笑)、それはきっと「当たり前」になったからだと思う。

はじめは、「筋トレするみたいに〝快感覚〟を鍛えるぞ!そちらの回路を太くするぞ!」と…毎日しっかり意識していたけれど、いつの間にかそれが当たり前になっていた。

久しぶりにこうして思い出し、自分の成長に気づいてうれしくなる。

そして、れいこさんと、なぎささんとの日々を思い出してまた、嬉しくなる。時間を跨いで噛み締めて、また感謝を届けたくなる。



2026年に入ってから、不快感覚と快感覚という2つの極がある程度育った感じがしている。

そして、2つの極の〝その間〟が育ち始めている気配がして、ここで一旦この季節に節目を付けようと思った。




#私とわたしの文通やりとり / 𝟤𝟢𝟤𝟨𝟢𝟧𝟢𝟣

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