きのうふと、私は自分の突出している部分を認めていなかったのか…と気がついた。
自分の中に見ているものは、
皆んなも見ているもの。
だから特別なことではない。
自分を特別だと思いたくない。
自信過剰になりたくない。奢りたくない。
自分を特別だと思うなんて恥ずかしい。
そんな風に自分を責め立てて、自分の突出している凸の部分、得意なことを、そんなの普通でしょ、と、認めていなかった。
自分の凹んでいる部分は昨年たくさん受容してきたけれど(もちろんまだその最中)、まさか、自分の出ている部分についてもダメ出ししていたなんて…と、とても衝撃だった。
𓃠
皆んな同じものを見てるはず。
自分だけが特別なわけじゃない。
そんな風に言い聞かせている時点で、自分の見ているものは皆んなは見ていないことに気づいていたし、自分のことを特別なんだと思っていたんだ。あーーー恥ずかしい。たまらん。
何で伝わんないなかなぁ…って、伝えてないからだよ!笑 皆んなも同じように突出している部分がある。だから私と一緒。だなんて、なんて強引な考えだったんだろう。
私も皆んなも突出している部分がある。でも、それはそれぞれに違う部分なんだ。私も、皆んなも、それぞれに特別だったんだ。
𓃠
やっと、それに気づくことができて、じゃあこれは何の為に私に訪れた出来事なんだろう?と、思うと…やっぱり、突出している部分凸を突出させていく為だと思った。笑
皆んなも同じものを見てるんでしょ?なんて言って、自分が見ているものを、人に分かるように伝えようとしてこなかった。中途半端に言葉にしてきた。それは、とても難しかったから。
言語化することも難しかったし、根拠も無かったし、そもそも〝誰かに伝える必要のあるもの〟なんてあるのだろうか?という思いも強かった。
でも、今ならもう一回トライしてみたいなと思える。自分の見ているものを、みんなは見ていない。だからこそ、伝えたいんだな。こんなものが見えてるんだって。
その、見えているものが、たくさんの人にとって、役に立つものだと自分でわかっているから。無条件に信じ切っているから。でもそれも結局は副産物。つまるところ伝える必要があるからって言うより、伝えたいから。笑
私がやりたいから、やってみたいから、伝えてみたいから、伝えたいんだ。やってみたいんだ。
そんなことがわかって、また一つ自分の望みに覚悟を決めたのでした。
#私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟦𝟢𝟫𝟣𝟩

ことごと紡ぐ、

