この記録は、私自身が「まったく新しい働き方」を探求し、感覚に尋ねながら形にしようと手探りで試行錯誤した2024年の記録です。
自然の一部である人間としての働き方とは?「生きる=暮らす=働く」とはどんな状態か? そんな問いをたずさえながら、「これまでの働き方」をおおらかに超えていく試みを綴っています。
●1回目はこちら💁🏻


📍2024年8月28日
˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗ ˗
活動のことを、夫にぽつぽつ話した日があった。なんてことない会話の中で、でも私にとっては大事な節目のようなやりとりだった。彼が返してくれた言葉は、こうだった。
❶なんでもやってみたらいいと思う。ダメならやめればいいんだし、やりたいと思ったことを、もっと気楽になんでもやってみたらいいと思う。
❷ 社会的評価はもう…諦めよう。笑
❸君の暮らしの話はすごく面白いから、もっとしたらいいのにって思ってる。
だった。自分の中にある「まったく新しい働き方」で何らかの成果を出して、研究の根拠を太くしたい。
この在り方でちゃあんと上手くいくって手応えを感じたい。そんな気持ちから社会的成果や評価が欲しくなる自分がいた。急いで成果が出て欲しいと思う自分がいた。
研究理論上それでは辻褄が合わないことは分かっているけど、この研究が始まってもう3年経つ…そろそろ何か手応えが欲しいと焦る気持ちから、ついついそちらに気持ちが寄ってしまっていた。
実は私は、「まったく新しい働き方」の“入ってくるルート”のうち、95%くらいを、自分で無意識にシャットアウトしていたのかもしれない。
本来、「まったく新しい働き方」では、お金も含めた“豊かさ”は、働いた対価としてではなく、「生きる=暮らす=働く」という在り方をしていれば、必要なときに自然と流れ込んでくるものだと捉えている。
それを私は、“flow所得”と呼んで、ひそかに研究してきた。——「頑張ったから手に入る」ではなく、「在ること」からめぐってくるような豊かさ。
けれど私は、その95%の流れをほぼ無意識に閉じて、たった5%の「自分の力で、頑張ってお金を得る」という、むしろ既存の働き方だけでなんとか成果を出そうとしていたことに気がついた。
そんなタイミングで、夫がふと「社会的評価はもう諦めよう!」と言ったのだった。
そういうものから降りよう。降りよう。としてきたつもりだったけれど、きっと、私はものすごく執着していたんだなぁ。
それは、社会でうまくやれなかった劣等感かもしれない。自分は何も成し遂げたことがないという無価値感や無能力感かもしれない。この研究でこの社会の役に立たねばという謎の責任感かもしれない。色んな想いがあるとは思うけれど、丸っと全部手放せたらいいなと思う。
社会的成果や評価を欲しがる私がここにいる。その私は必要があって、私の中にいる大切な私の一部。内なるアベンジャーズのメンバーだ。
そう、完璧ではないけれど、必要な時に登場して、それぞれが違う役割を持っている、私の大事な仲間たち。この子がどんな役割りを担ってここにいるのかは、今はまだわからないけれど、ぎゅっと抱きしめて。この子も丸っと抱えて一緒に行こう。
この子も一緒に、この子と一緒に。私の中にある、求めてしまう、社会的成果や評価への未練(未完了)を終わらせていこう。
#わたしのはたらくを作る記録 / 20240828
もくじ | わたしの働くをつくる記録
01 : 本当は働くことが好きだった
02 : 活動デザイン
03 : プロフィール欄を作る
04 : 軌道修正をする(答え合わせ)
05 : 達成感をアップデートする
06 : 社会的評価や成果を諦める

