「息子は人から愛されない。疎まれる。」
そんなイメージが頭の中に見えていて、ベッタリとくっつき、この数年間ずっと不安で怖かった。
このイメージをなんとか変えたくて、ヒサエさんの星読みセッションを受けてみたら、視点がほどけ、見えていた世界がガラリと変わった。
けれども現在地点とそこが、まだ少しうまく繋がらない感じがしていた。
こういう時は、ノートに全てを書き出して、紐解き、明らかにしていくのが一番だと、ノートに向かった。
見つかったのは、「息子の良さは分かりにくくて伝わりにくい。だから人から愛されない。」という思い込み。
けれど、それをひっくり返して『息子の良さは分かりやすくて沢山の人に愛される。』…としても、しっくりこなかった。
しっくりこないどころか、不安な気持ちが生じてくる。「どんな人が寄ってくるかわからない。」そんな風に警戒する感覚がするのだ。
あぁ…これは、身に覚えがある。
息子は赤ちゃんの頃、かわいらしい赤ちゃんだった、そして愛想のいい赤ちゃんだったので、どこに行っても声をかけられた。
散歩に行っても、スーパーへ買い物に行っても、毎日何度も声をかけられて、呼び止められた。
当時、心身共にバランスを崩していた私は、それが堪らなく怖かった。鬱陶しく感じてもいた。「そっとしておいてほしい。ほっておいてほしい。」
「息子も愛想を振りまかないでよ。目立たないでよ。」__そんな風に思っていた。
こんな風に、沢山の人に愛されるということは、不特定多数の人を寄せ付けてしまう気がして嫌だった。怖かった。
「どんな人が息子に寄ってきて、好いて、依存してくるかわからない!」そんな風に怯えていた。
それが捻れて、「息子の良さは分かりにくい。悪い面に埋もれて伝わりにくい。」という〝守り方〟をしたのかもしれない…そんな風に思った。
まるで呪いをかけるようにして、あの頃の私は息子のことを守ろうとしたのかもしれない。
人が怖くて人と距離を置きたかった当時の私、誰にも気づかれず空気のような存在でいたかった私の、捻れた愛情だったのかもしれない。
じゃあ、この捻れが解けた時、わたしが本当に望んでいることはなんだったのだろう?
それはきっと、こうだ。
「息子の良さを理解できる
素敵な人たちに恵まれてほしい。」
私が心から安心できるのは、みんなに愛されることでも、人から息子を隠して守ることでもない。
息子のことを理解することができる人たちと息子が出会っていくこと。
息子と同じ深さや細やかさで世界を見ている人たちと、息子が出会っていくことだ。
私が安心できるのは、これだった。
わたしが本当に望んでいたのは、これだった。
これでやっと、「ガラリと変わって見えた世界」と現在地点が繋がった気がした。
そうして私はこれからの人生の中で、きっと何度もこう言うだろう。「あんたって、本当にステキな人たちに恵まれるよねぇ〜。運がいいよねぇ〜◎」って。
そう言って笑う私が見える。
その私に会えるのが楽しみだ。
その時は、3人で。
上手に愛せなかった〝あの頃の私〟と、3人で。
#私はわたしとわたしする

/ 𝟤𝟢𝟤𝟨𝟢𝟦𝟤𝟩
ことごと紡ぐ、
これは、3月のこの時の流れからやってきているなぁ…と感じた。


