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許したからこそ、向き合えたこと。

私は私を許す。と決めてすぐ、

これまでいかに、『自分が子ども達に対して感じていたこと』を見ていなかったか…に気がついた。

まったくの無自覚だった。

色々なことでノートワーク(自分と向き合うこと)をしているくせに、日々、子ども達に感じていることについてのノートワークはまったくと言っていいほどしていなかったのだ。

確かに…やってしまったら、それはスルリと解決してしまう。解決してしまったら、自分を許してしまうことになるからなの!?なんの!?灯台下暗しなの!?_と、自分にツッコミたくなるくらい、

自分でもさっぱりわからない。ものすごく不思議だなぁ…と思った。笑

さっそくノートワークを
やってみると…

手始めに、ちょうど旬真っ盛りの(笑)今一番困っている、娘の〝ぐずぐず癇癪〟についてノートワークをしてみた。

最近また娘の癇癪が起きたのだけど、もう3日も引きずっている。とにかく機嫌が悪くて永遠にぐずり続けている。その声を聞いているとこめかみに刺さるように頭が痛い。…と、とにかく辛い。

でもじゃあ…何がそんなに辛いのかと言うと、『癇癪に対して、どう対応していいのかがわからない』ことが辛いのだ。ということがわかった。

つまり私は、娘の癇癪に対しての「こうしよう」がまだ定まっていなかったのだ。それは辛い。

それに加えて、「子育てって取り返しがつかないから絶対に失敗できない。」という思い込みも見つかった。



そりゃあ「こうしよう」が定まらないはずだ。実際にやってみて、調整しながら、「こうしよう」という軸はできてくるわけで、

失敗してナンボなのに、失敗できない!って思っていたら、試してみることもできない上に、永遠に完璧な答えを探してしまうことにもなる。

なるほど…こんな風になっていたのか。と、やっと自分の現状が把握できた。

娘の癇癪に関わらず、子ども達の困りごと(という風に自分が感じているもの)について、

まったく引き受けていない。直視していない。ノートワークして自分を感じていない。だから、「こうしよう」が育たない。それはつまり、まったく子ども達に向き合えていないし、知れていないということでもある。

知りたい。理解したい。と思っていたくせに!だ。なんじゃそりゃ!だ。

わからないんじゃなくて、
知らないだけ。…なら、知ればいい。

では、娘の癇癪に関してはどうしていくのか?…は、まだよく分からないので、「癇癪の対応の仕方のヒントが欲しい📍」と意図して、一つだけ発達特性に関するYouTube動画を見ることにした。


動画では、①癇癪が治るまで見守る ②気持ちが治った時に話を聞く と言っていた。

やはり、自分の気持ちがうまく言葉にならなかったり、自分の気持ちが自分でもよくわからない時に癇癪が起こりやすいらしい。

「頭がもじゃもじゃする。わからない。」と言って泣いたりぐずったりする娘もそうなのかも…しれない。(あくまで仮定)

また、使うほどに回路が太くなるので、癇癪も癖(習慣化)になってしまうことや、

しつけは、「相手ができないことを指摘して、できないことをやらせる」という、コミュニケーションスタイルになることから、特性が濃く強くなる場合が多いこと、

脳が育つことが一番大切であり、脳が育つには毎日何かをすることが必要だということもわかった。

だとするならば、現時点での私にできることは…それこそ、ノートワークだなと思った。


ちょうど、『その日に生じた感情とその強さを温度にして表す。感情が生じたきっかけをメモをして、自分の感情を見つめ直す。』_という宿題が病院から出ていて、毎晩取り組んでいたところだった。

この2日は、聞こうもんなら癇癪が再発するので聞けなかったけれど、これをうまく取り入れたノートワークなら私は手伝うことができるぞ。と思った。

内なるひろゆきが囁いた。

でもその瞬間、「それって、やってあげたいのは私の課題ですよね?」と、内なるひろゆきが言った。

た…確かに!アドラー子育てでは、まずは課題の分離をしてから、共同の望みへと進む。課題の分離はできたとて、娘の今の状況では共同の望みを出す所まで行けない気がする。

(※ アドラー子育ての考え方が研究の流れとかなり重なる気がして、すっかりハマっているのだ。笑)


娘の望みが娘の口から出ておらず、娘に頼まれてもいない以上、共同の望みとは言えないのでは?

…ってか娘がうまく言葉にできないのだとしたら…共同の課題を見つけること自体無理じゃね?

と思いつつ、アドラー子育てを調べてみると、「私はこういうお手伝いができるよ。」という、〝提案〟や「私はこうしてもらえると嬉しいよ。」といった、〝お願い(リクエスト)〟は、

むしろ推奨されているらしく、「大切なことは、最後の決断は子どもに委ねること。」と書いてあり、なるほど〜!と、大きくうなった。

〝提案〟すれば、強要せずに済むんだ!!!と、なんだか目からウロコな気分だった。(笑)

だとするならば、自分の中で仮説を立てて提案だけしておく。という所まではできそうだ!



明日以降、また娘の様子を見つつ、〝提案〟をしてみようと思う。うまくいくのか、、、また癇癪を起こすのか。笑

それもまた、娘の取扱説明書を集めるつもりで、ちょっと、やってみようと思う。

やってみたら、「やっぱりそこは共同の課題じゃなかったかも。」というのが見えてくるかもしれないし。

その次の仮説が見えてくるかもしれない。やれることはとりあえずやってみようと思う。

そして、子ども達に対して感じている他のことも、しらみ潰しするように一つ一つ、ちゃんと引き受けて、直視して、ノートワークしていこうと思った。




#私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟨𝟢𝟨𝟢𝟧

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