「これまで、かなさんが感じているものを(書いたり描いたりなどの表現を通して)世界に届けてくれて、触れさせてくれて、ありがとうございます。」
先日、思いがけずそんな
言葉をいただくことがあった。
その瞬間は戸惑って、「いえいえ自分がやりたくて…やらずにいられなくて、やってるだけなんで。」なんて思ったけれど、すぐに…嬉しい気持ちがじんわりと込み上げてきた。
胸の奥がふるえて、泣きそうになった。
小学生の頃から詩を書いてきた。何の目的もなく何かを作ったり、絵を描いたりしながら生きてきて、こうして人に見せるようになったのは、つい5年ほど前から。
それまでずっと、人に見せるという発想すら特になくやってきた。なんなら、「やっている」という意識も大してなかったように思う。
そんな私の表現に対して、こんな風に直接、感謝の言葉や感想をいただくことは、ほとんどなかったので、
読んでくれている人って本当にいるんだ。
見てくれている人って本当にいるんだ。
と…とても不思議な感覚で。でも、とても嬉しくて。「やってきてよかった。」__と、心の底からそう思った。

思い返すと2020年3月28日、突然、「こんなことしてられへん!」と、何かに突き動かされるように絵を描き、Instagramのアカウントを開設した。
「みんなに絵を見せな!見てもらえたら きっと大丈夫!」という、謎の衝動からこのiro andの活動は始まったのだ。
それから色々な気持ちの変化や活動内容の変化があったけれど、きっと、私はずっと、「届けたかった。」のだろう。ひとりひとりに手渡すように。届けたかった。でも、届けられている感覚はなくて、届いている実感もなくて…どこか、いつも一方通行な悲しさを感じていたように思う。
だから先日、そんな風に言ってもらえて、忘れてしまっていた自分の願いを思い出したような…大切なことを思い出したような…そんな気持ちになった。
今すぐじゃなくていい。何年後でも何十年後でも構わない。然るべきタイミングに然るべき人に、届いてほしい。時空を超えて 届けばいい。
あらためて そんな願いを自覚して、今日もこうして瓶に詰めインターネットという宇宙にそっと放つのだ。
作品とも呼べない 呼吸のような、
ただの私の表現を。
#私はわたしとわたしする

/ 𝟤𝟢𝟤𝟨𝟢𝟤𝟣𝟤
ことごと紡ぐ、

