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HSSな部分とどう付き合うか|仮説:いかに自分を自由にさせてあげられる仕組みを作るのかが肝?

私は日々、毎日違うことに興味が湧く。興味と言っても、目で見てはっきりと分かる何かではなく、自分の頭や心に浮かぶテーマのようなものが目まぐるしく変わるのだ。

これはHSS型HSPあるあるなのではないかと密かに思っているのだけれど、結構しんどかったりする。



何がしんどいかと言うと、1つ、毎日夢中になり過ぎてしまうこと。2つ、気がつくと何も形として残っていないこと。主に、この2つ。

毎日ヘトヘトになって、生活が手につかなくなるほど過集中してしまう。それなのに、振り返ると何も残っていない。だから時々、堪らなく虚しくなる。堪らなく悲しくなる。

自分の中には確実にデータとして残っているのに、現代の〝生産性〟として考えた時にあまりにも生産性がなさ過ぎる。

〝生産性〟にも色々あるので「いや、そうは言ってもですね。」と喋り出したくなる自分もいるのだけど、そんなことどうでもいいからちょっとくらいは達成感を味わわせてくれよ!と思うのです。



これはひとえに、自分の扱い方と、自分の望むものが分かっていなことによって起きているのではないかと思っている。

効率重視で、どんどん成果を上げていく現代の〝生産性〟そしてもう一つの、長い時間をかけ手をかけて自然とのびのびと育つのをじっくりと待つ〝生産性〟

今、私に必要なのはその両方なんじゃないかと思う。どちらかだけ、じゃなく、どちらも。
その〝どちらも〟を可能にするための仕組み作り。それが必要だと最近つくづくそう思う。

これがそもそも、私が研究している〝まったく新しい働き方〟というものに繋がるわけですが…。自分にしっくりくる楽ちんな、自分だけの完全オリジナルな働き方、この研究と実験を進めていこうと思います。



日々変化する興味をコントロールしたり、制限するのは本末転倒。でも好き勝手させておくと身がもたない。そして、何も残らないことが虚しくなる。

ここから考えるに大切なことは2つ。❶いかに自分を自由にさせながら、負担なく〝何か〟を残していくか。❷いかに生活を疎かにすることなく、過集中することを許していくか。だと考えています。

現在、私のメインの仕事は iro and の運営と研究だと思っているのですが、そこもまだ分かっていないことだらけ…で、運営できている感じがしていない。そこと合わせると〝自由でいさせるための枠組み〟が必要なのかな。と感じています。



その自由でいさせるための枠組みを理解するために、実験したいことが2つある。❶日々のルーティンの組み直し と、❷残すための取り組み だ。

1 つ目は、もともと小さな子どもがいることもあって、大体毎日同じ時間で動いているのですが過集中するとこの時間を守らなくなる。そうなると子どもにも、自分にも負担になってしまう。

(この、だめだと思いながらも過集中を許してしまうのも、自分にとって〝何か〟が残せていないことによる不満足感と、それに対するストレスが大きい気がしている。)

なので、日々のルーティンとタイムスケジュールを組み直してなるべくそれを守る。そして、〝過集中タイム〟をしっかり設けて存分に過集中させてあげたいと考えています。



そして2つ目は〝残す〟を意識した取り組みをする。ものすごい作品を作り出す。というものではなく、日々あるものや自然と生じるもを淡々と残していくイメージ。

私は絵も描くし、文章も書く。その様々なもの達はスケールが1つ1つ違うように思う。毎日、毎週、毎月、1クール…みたいに、何かしら長さや大きさの違うものが混在しているように思う。

まだうまく言語化できない部分もあるけれど、この様々なスケールにあった残し方、自分にとって無理のない、自然な生み出し方のようなものを、もう少し具体的にしてみたい。





#私はわたしとわたしする

/ 𝟤𝟢𝟤𝟤𝟢𝟦𝟤𝟦


ことごと紡ぐ、