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kana / iroand
iro and(イロアンド)という活動名で描いたり、書いたり、喋ったり。自然な暮らしを生活に取り入れる試行錯誤が好きで、暮らしを丸ごと愉しみたいと考えています。心の師匠は、花森安治。好きな音楽はHARUKA NAKAMURA

私がやる。から、私たちでやっている。へ

数ヶ月前、cosmic perfumeのまなみさんとのセッションの中で「私たち」というフレーズが出てきていた。その時はほえ〜って感じでまだよく分かっていなかったのだけれど、あのとき受け取った種が今、ひとつの面で旬を迎えている。

少し前、もういよいよ「誰かの役に立ちたい」という想いが私の中で終わりを迎えていた。その終わりをじっと見つめていると、役に立ちたい。伝えたい。癒したい。助けたい。…という想いの頭に(私が、)(私が、)(私が、)という文字が見え出した。

理論上この仕組みはわかっていたけれど、なるほど…と思い引き続き見ていると、「私がゴールを決める!」「私がシュートを決める!」とチームを無視して必死でボールを蹴る姿が浮かんできた。

パスすることも、周りを見ることもなく、ひとりで突っ走ってゴールを決めようとするその必死な姿に私自身、ちょっとひいた。(笑)

私が誰かを助けたい。と思う時、自然と〝私が〟が付いてくる。これは私の場合、自分がゴールを決めたいと思っていることと同じだった。

私たちはチームで何かをやっている。ゴールを決めるのが私ではないこともあれば、誰かから受け継ぎ受け取ったパスで、私がゴールを決めることもある。〝誰がゴールを決めるのか〟は重要なことではなかった。誰がゴールを決めようと、私たちでやっていた。

「私の一言で気づいてほしい。」「私のセッションで救われてほしい。」「私の言葉で伝わってほしい。」「私との時間で癒されてほしい」

私はいつでもゴールを決める役でいたい!それ以外は嫌だ!と言っていた私が、ふと周りに気がつき、そこにいた仲間の存在に気がつく。

私は、チームだった。私たちだった。誰がゴールを決めてもよかった。そんなことは実は大したことではなかった。

このエピソードを体験した頃、ちょうど『世界は贈与でできている』という本を読んでいたこともあって、私はすっかりゴールを決めることへの執着がなくなり、種を配っている感覚になってきた。

私が渡したこの種がその人の中でどんな風に育っていって、どのタイミングでどんな花を咲かすのだろう…そんな妄想をニヤニヤと愉しむ新しい遊びを楽しんでいます。(笑)

私がやる!から、私たちでやっていた。へ。ボールが回ってきたらゴールを決めるし、パスだって回す。色んなポジションをぐるぐるしながら、私たちはみんなでやっている。私たちはみんなでやっていた。



そして、こうしてふと思う。

今日、旬を迎えているこの花は、だれが種をくれたんだっけ?と。たとえ思い出せなくとも、ふと、振り返ってありがとうと思いたい。

たとえ華々しくゴールを決め、分かりやすく感謝されなくとも、あの時あなたがくれた種が、今日のゴールに繋がっていることも大いにある。そんな風に種を渡してくれた人にも敬意を表し感謝を送りたい。

(おわり)

● 今回ご紹介した本
近内悠太さん 『世界は贈与でできている』

自分の在り方を選び直す勇気を与えてくれた本。Mr.Childrenの『彩り』が聞きたくなりました。

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ことごと紡ぐ、

綿子 / iro and
iro and(イロアンド)という活動名で描いたり、書いたり、喋ったり。自然な暮らしを生活に取り入れる試行錯誤が好きで、暮らしを丸ごと愉しみたいと考えています。心の師匠は、花森安治。大好きなことは宇宙研究。
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