いつからか、「何かを望まなければならない。」という思いに囚われていたことに、ふと気がついた。
いつもどこか焦燥感に駆られ落ちつかないような、どこかにあるはずの答えを探し回っているような、ちょっとだけ苦しく居心地の悪い感覚を無自覚に感じていた。
「はて?どうしてそんなことになったのだろう?」と振り返ってみると、自分が何を感じているのかわからない。という過去の傷。劣等感だった。それは同時に、自分のことを分かってあげられないという過去の傷。罪悪感でもあった。
そういう傷がSNSやネットの情報に触れることでウズウズと疼いていたのだ。
𓃥
それに気がついた時、「どうして何かを望まないといけないの?別に今、望みたいものがないのに、わざわざ何かを望まなくてもいいじゃない。」と、なんだかバカバカしくなってきて笑ってしまった。
「望み」という言葉にどこか遠い未来を見ていたように思う。遠い未来、少し先にあるもの。そんな「望み」というものを見つけないといけない。見つけて、望まないといけない。そしてそれを叶えないといけない。
こうして文字にしてみると、「 はぁ?」だ。(笑)
けれどもそういうことって案外よく起こるもの。そういう時はそんな自分を「 かわいいね。」って愛でるようにしている。
𓃦
なんだか複雑にこんがらがっていたけれど、私にとって「 望み 」とは、「 自分がどうしたいのか。何をしたいのか。」という、とってもシンプルなものだった。それならわざわざ見つける必要はない。今日、今、どうしたいのか?何をしたいのか?それに気づきいて、積み重ねていけばいい。
その中で、これからどうしていきたいのか?何をしていきたいのか?が出てきたなら、その時にその都度、それを捉えてあげればいい。
「 何かを望まなければならない。」という一つの季節が終わる。自分が何を感じているのか分からない、自分の望みがわからないという過去の物語もきっと、こうして幕を閉じていく。
#私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟦𝟢𝟦𝟢𝟣

ことごと紡ぐ、

