MENU

【WISC】見える数値の奥に、見えない可能性を見ようとした話。

息子のWISCの結果が出た。

その結果を見た時、目の前が真っ暗になった。大きく揺れて自分の感覚も考えも、何一つ信用できなくなってしまった。

そんな時、夫も珍しく今回の結果にはザワザワしていたようで、ほんの少しでもどんなものか知りたいと「自分もテストを受けてみる。」と言ってネットに落ちているIQテストをやり始めた。

それを見て私もやってみようかなと思った。


⁡(私はWISCやIQを否定したいわけではありません。WISCとネットのIQテストが一緒だとも考えてもいません🙏🏻 以下はWISCの結果を受けて、もう少しその奥に触れようとした私の個人的な記録となります。)

IQテストを受けてみて感じたこと

実際にテストをしてみて、(他のテストもいくつか見てみたけれど、 )IQテストで出る問題は私からしたら、どれも大好きな〝なぞなぞ〟の延長のようで得意な種類の問題だった。

見えているものの奥にある法則や共通項、事情や背景。点と点が線になり、流れになっていく。

そんな「目には見えないもの」を、多角的に眺めたり、視点や発想を転換していくことが子どもの頃から大好きだったから。

けれどもしIQという数字だけで、その人の人生や社会での生きやすさまで決まるのだとしたら、私の人生はもっと違っていたように思う。

現実の私は、社会でうまく生きられたわけではなかった。神経症や鬱、体調不良にも長く苦しんできた。

…そんな風にようやく、「WISCの結果」に縛りつけられていた視点が少し緩み始め、ギュッとなっていた身体に呼吸が通るようになってきた。

息子は本当に彼の力を存分に
発揮できたのだろうか?という問い

するとようやく、「息子は本当に、彼の力を存分に発揮できたのだろうか?」という問いが浮かんできた。それはまさに、数値としては表れない部分だった。

初めての場所、心を開いているわけではないけれど知っていて、甘えが出せる人でもある心理士さんと2人っきりで苦手なビルの密室、

アレルギーによる咳と痰が酷く、ずっと苦しそうにソワソワしていたあの時期(今もだけど!笑)、

初めての情報に対してすぐに思考がシャットダウンしてしまう息子、

落ち着いて考えなきゃいけない問題、目の前に人がいて、自分をじっと見ている、時間制限がある…

そんな状況で息子が、こういうテストを落ち着いて受けられるだろうか?ちゃんと力を発揮できたと思えるだろうか?

(落ち着いて受けられるように沢山の配慮をしてくださったと思う。1回で受けるテストを3回に分けてくださったり、辛くなったら外に出てOKとしてくださったり。)

それでも少なくとも私には、「あの状態で本来の力を十分に出し切れた」とは、言い切れないように感じた。

検査結果ではわからない、
目に見えないものが見えてきた?

先生方や心理士さんとの事前面談では、得意不得意の差が大きい可能性もあると言われていた。でも実際の結果は、思っていたほど凸凹ではなく、全体的に低い数値だった。

だからこそ私は、「数字だけでは説明しきれないものがあるのかもしれない」と感じた。

もしかすると彼の本当の困りごとは、繊細さを超えた過敏さや、キャパの狭さ、不安の強さ、身体の過緊張……そういった、この検査だけでは見えにくい部分なのかもしれない。

それは元々わかっていたことでもあり、息子は幼稚園までどちらかと言うとそこまで多動的な方ではなかったように思う。が、小学生になった時から多動が強くなった。

それに対して主治医の先生は、確かにADHDの傾向は出ているけれど、不安から多動になっている可能性があるね。と教えて下さったことがあった。

彼の困りごとはむしろ、ここなのかもしれない。

そんな風に思うと、私自身も心や体が回復してきたり安心感が育つことによって、身体が緩み過敏さが和らいでいったように、

息子の過敏さも和らいでいくかもしれないし、そうなった時、彼は彼の力をもっと発揮できる状態になるかもしれない。

そんな風に思えた時、ようやく「可能性」を見つめられるようになった。ギュッと固まっていた世界が少し広がり、また動き出せる気がした。

そもそもなんで
WISCを受けたんだっけ?

そして、じゃあそもそもなんでWISCを受けたんだっけ??と、原点に立ち戻ると、

息子をもっと理解したかったから。
息子にしてやれることをしたかったからだ。

彼は指先がうまく動きにくく全体運動もぎこちない。不安がすごく強く、過敏で、キャパも小さく刺激に弱い。物の見方にも少し偏りが見られる。

娘もそうだ。不安がすごく強く、過敏で、ネガティヴになりやすく、周りの顔色を伺いやすい、自分の気持ちや考えを言葉にして伝えることに制限もかかりやすい。

..…そんな風に、私には見えているのだけど、本当の所はどうなのか?

そこにはどんなものが隠れているのか理解したい。そして、今やれることはないのか?知りたかった。

簡単な訓練などで鍛えられることや、工夫できること、発想の転換、なんでもいい。

作業療法士さんでもいい。言語聴覚士さんでも、心理士さんでも、医師でも、先生でも専門の方じゃなくたっていい、

彼らの困りごとを一緒に考えてくれる人、彼らに対してできることを教えてくれる人、私たち夫婦や家族だけじゃなく、一緒に彼らを見守ってくれる人、…そんな、

一緒に子ども達を育ててくれる人、を
探していたんだ。

それは、これまで私が誰にも頼れない、話せない、「どうせわかって貰えない。」と、社会を拒絶して離れてきたことと、正反対の歩みだなと思う。

自分のためにはできなかったけど、彼らのために私は今必死でそんな道を歩こうとしている。

WISCを通して見えたもの。

そんな風に思うと、子どもたちの為に…と必死になっていたその歩みを通して、気づけば私自身が「社会との関係を結び直している」気がする。

もう既に、一緒にこども達を育ててくれる人たちが沢山いたのだ。

色んな方々と出会い、向き合い、対話を重ね、色んな方々の前でボロボロと泣いてしまっては、色んな方々が私の背中をさすってくれた。

その手のあたたかさや安心感、かけてくれる言葉、その一つ一つの体験は、子どもたちが私に与えてくれている贈り物なんじゃないかと思う。

話が壮大になっちゃったけれど、笑

WISCの検査結果に絶望する気持ちは、すっかりなくなったし、WISCにはとても感謝している。

子どもたちを理解するために、もちろんこれからも大切に活用させてもらうつもりだ。

でも、この、「目に見える数字や結果」に縛りつけられるような…それに対して無抵抗になって悲観したり絶望したり、決めつけてしまうような…そういう感覚は、もう必要ないなと思った。

私はこのWISCというチケットと共に、ここからまた新たな人や視点と出会い、子ども達を理解するヒントを受け取っていくのだろう。

そしてきっと、そんな「子どものために…」という原動力で進むこの歩みを通して、私自身がきっと社会と出会い直し仲直りし関係性を育んでいくのだろう。

そんなん….楽しみでしかないやろー!!!笑笑笑

と、ようやくこの
立ち位置に戻れた気がする。



#私はわたしとわたしする / 𝟤𝟢𝟤𝟨𝟢𝟩𝟢𝟦

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!


ことごと紡ぐ、


送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!